**記録**

それは約10日前のことでした。2月10日(木)

夜19時を回っていたでしょうか・・・。
主人から携帯で連絡が入る。
義母が突然入院との知らせphone to

旦那 『明日にでも俺だけ行ってみるわ。』

という感じだったので、さほど緊急性を感じなかった私。

でもよくよく話を聞いてみると、心臓が悪いだの、集中治療室だの、脳のCTだの、明らかに普通ではない様子。

だけど、主人と義父の会話ではなぜか緊急性が感じられない・・・。


翌金曜日、家族3人で行く予定にした。

2月11日(金)

全国的に大雪に見舞われた雪

この辺りでは25年ぶりの積雪となり、主人の地元へと繋がる高速道路も通行止め。
あえなく断念。

この日は雪だるまをつくるなど楽しいひと時を過ごし、
ある意味気を紛らわしてた。。



2月12日(土)

この日も雪が降っていたが、午後には晴れ間が広がって雪も溶けた。

荷物を用意して隣県の病院へ直行。

義母はCCUに入っていた。
酸素マスクをしているものの、意識はあり、会話もできる様子。

でも呼吸がとても辛そうで、表情にも余裕が感じられない。



病名は『うっ血性心不全 ・ 糖尿病』だった。

糖尿病はかなり悪化していたようで、私も主人もここまでひどいとは知らなかった。

肺や心臓に水がたまり、レントゲンは真っ白だったとか。
幸い脳には異常なし。

でもまだ予断は許さない状態。

土曜の夜は私が一日CCUで付添うことにした。



ICUならよく耳にするけど、CCUって何だ!?と思って調べてみた。



ICUとは、Intensive Care Unitの略で 集中治療室のこと。

CCUとは、Coronary Care Unitの略で 冠疾患集中治療室のこと。

CCUは循環器系、特に心臓血管系の疾患を抱える重篤患者を対象としたものなのだそうです。

なるほど。



夜中は小さなベンチで私も仮眠をとる。

でも1時間おきぐらいになにやら義母が動き出すので目が覚める。

無意識に酸素マスクを外そうとするので何度も直す。

点滴や心電図などいろいろ繋がれていて、ベッドからは離れられないのだが、夜中にトイレへ行くと言って起き上がろうとする。



意識が朦朧としているようで、少し心配。



この時、私が一番心配していたのは『認知症』である。



もしかしたら、病気をきっかけに始まったのではないだろうか・・。

まだ60代前半、早すぎる・・・


でも明らかに言動に不自然な点が多々感じられる。。


旦那も気付いていた。。




義父も毎日懸命に看病していた。
看病疲れで、今度は義父が倒れやしないかと、いろいろな不安が付きまとう。

でもそんな不安をよそに、義父は意外と呑気に構えているようだった。


義母が家にいる間は、毎日大酒を飲み、自由に暮らしていた義父だったが、
入院を機に、自分で炊事・洗濯もマメにやってこなしていた。


これには旦那が一番びっくり(苦笑)


旦那 『あの人やれば出来るんやなあ・・・』


主人の実家は、義父・義母・兄の3人暮らし。

長男はまだ結婚しておらず独身。
義母が入院した今、男2人の生活。

大丈夫かなあ・・・なんて思ってたけど、

助けてくれる人が周りにいっぱいいて
なんとかかんとかやっているようだ。

人は一人では生きていけない・・・痛感させられる。



ファーストフードご飯の記録ファーストフード

夜・・・おでん


冷蔵庫に材料があるから作ってくれと義父に頼まれ
昼の間にお鍋2個分大量に作った。

これで2、3日は持つだろう。。




2月13日(日)

病院で朝を迎える。
朝ご飯はおかゆを初め、普通のおかず、フルーツなどが出された。
一応自分で食べられることができるまでにはなっているよう・・・。

だけど食欲がないのか、フルーツ(オレンジ)だけを食べる。
おかゆは食べないのかと尋ねたら、おかゆは嫌い、パンが欲しいという。
病状のせいなのか、なんだかわがままな義母になっていた。
そのまま横になる。

朝、8時半ぐらいに交代の為、主人が訪れる。

家へ帰ってから朝ご飯をとる。

その後、溜まっていた洗濯をしたり後片付けをしたり・・・テレビを見たり。。

夕方、義父が交代し旦那が帰宅。

昨日作ったおでんを食べて、夜自分たちの家へ帰って来た。




はあ・・・正直慣れないことがいっぱいで疲れ果てた。。


旦那は明日からまた仕事。

息子も保育園。


2月14日~18日(月~金)

時々義父から電話が入る。

少しずつではあるが状態が良くなっているようで一安心。

18日(金)大部屋に移動。

CCUから出られたということで一つ山を乗り越えたといったところだろうか。



ここまでの間いろいろなことがあった。

とにかく義母に普段寄り添っていられるのは義父だけ。
担当医との話も全て義父。

問題なのは義父はとっても耳が遠いということ。
ちゃんと会話が成り立っているのだろうか。。


主人が義父と会話をしていてもなんだかちんぷんかんぷんなのだ。。

笑えない。


主人がなんとか担当医と接触したいと思っても土日しかいけないのでなかなか会えないのだ。


困ったものだ。


2月19日(土)

入院を知らされてから2度目の帰省。
不安を抱えながら義母に会いに行く。


ホッとした。

いつもの義母に戻っていた。


あの不自然な言動はなんだったんだろうか。

点滴をされ、いっぱい薬も飲み、
心拍数は200近くまで行ったり、
血糖値も300に達すなど、

何が原因か分からないけど、
きっと神経がどうにかなっていたのだろう。


とにかく再び会った義母は
笑顔で会話できるまでに回復していた。


主人もきっと安心したと思う。

自分の親がボケる姿は見たくないもんね。


相変わらず酸素マスクは話せないものの、食欲も少しずつ出てきているようで一安心。


大部屋に移ったことで夜の付添も要らなくなったので義父の負担も少しは減っただろう。。



ファーストフードご飯の記録ファーストフード

そば米汁
ぶりの照り焼き
たこ酢
茶碗蒸し(市販)



私が台所でご飯を作っていたら、
何が出来よんなぁ!?とニコニコしながら義父が寄って来た。

女手が私しかいないから少しは役に立ててるかなあと。。
不安に感じる部分もいっぱいだけど、こうしてやれることもたくさんある。


義兄も文句言わず完食してくれた、良かった(^_^;)


2月20日(日)

朝8時~11時まで旦那と私二人で付添。

帰宅後、急いでお昼御飯の準備。

ファーストフードお昼御飯ファーストフード

焼きそば

大人4人 子供1人(息子)

焼きそばを6玉買ってきた。

多いかな?少ないかなあ?
なんて思いながら、フライパンで3回に分けて炒めた。


完食。


ファーストフード夜ご飯ファーストフード


カレーライス
野菜サラダ



とにかく何日か食べられるもの・・・と思ったらこれだった(笑)


この日も実家で夜ご飯を食べ、夜8時ぐらいに帰宅。


疲れたけど、
義母が少しずつ回復に向かっているということで
気持ち的に余裕が出来てきたような気がする。



昨日からまた普段通りの生活に戻った。


そして土日はまた帰省する予定です。
土曜日にようやく担当医から説明を受けられる。

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